「海外研究留学」というと「敷居が高い」と感じ、万人に当てはまるマニュアルも存在しないことから、多くの人は研究留学を考えている途中で、留学自体を諦めてしまうだろう。また日々の学業や研究の合間に、数年単位で変化する留学に必要な手続きを処理するのは、非常に大変である。そこで本稿では、海外研究留学を経験した方(1-10年間)、あるいは2023年1月現在、アメリカとドイツに留学中の方の情報をもとに、留学のためのチェックリスト10選を作成した。
海外研究留学の主な対象者
大学院生
研究員
助教、准教授
大学院生や博士号取得5年以内の研究員は、今後の研究人生におけるメインテーマを決める上で非常に重要になってくる。一方で、博士号取得5年以降の助教・准教授は、専門分野を広げることや、世界のトップ研究者との人脈づくりが主な目的になることもある。
海外研究留学のメリットとデメリット
メリット
・最先端の設備環境で研究に従事できる
・世界中から集まったトップ研究者と交流ができ、視野が広がる
・独立や企業就職に有利になる
デメリット
・言語の壁がある
(高い英語能力、ただし英語以外の言語が日常や研究に必要な場合は研究の進捗に影響する)
・独自の研究計画を進めることが困難な場合がある
(渡航時期や期間、受入研究者の方針、助成金の獲得の有無による)
・短期間で業績が出ない場合がある
(研究を始めるまでに、身の回りの準備に時間を要するため、1年くらいでは全く結果が出ないこともある)
必須能力
英語でのコミュニケーションスキル
TOIEC 750-800点以上必須。ただし、TOIEC 800点でも、メールの読み書きはできるが、対面での会話には苦労する。
特定研究テーマに関わる専門知識
もちろん、一つの分野における専門性は必須であるが、新たな知見を得るには、現在の専門性から少し広げて、研究の専門性を深めておくと良い。
不屈の精神
研究をしている者であれば、実験で得られるポジティブな結果は10%程度であることは把握しているであろう。それでも、ネガティブな結果ばかりを得ると、辛いものである。また英語圏ですら、言語の壁を感じる者も多いだろうが、ドイツ語など英語以外の言語が必要となった場合、これは「真冬の滝行」に行くのと同等の辛さであろう。さらに、日本とういう安全で、対応の丁寧な国に住んでいる我々にとっては、海外での対応が非常に冷たく感じ、真冬の滝行後に「死」を意識する気持ちになるだろう。これらを克服するためにも、研究ばかりに焦点を当てず、以下のプレゼンテーションや助成金獲得(文章力の向上)のスキルを向上させることで、今後のキャリアアップに確実に繋がるはずである。
プレゼンテーションスキル
様々なプレゼンのスキルがあるが、基本は4つである(整列、グループ化、コントラスト、反復)。
助成金獲得スキル
海外研究留学をする際、受入研究室からの給与支援のがなければ、自分で獲得する必要がある。主な助成金リストとして、日本学術振興会海外特別研究員や上原記念生命科学財団ポストドクトラルフェローシップ/リサーチフェローシップがあり、採択者数も多いことから助成金獲得の確率は20%前後と非常に高い。その他、内藤記念海外留学助成金、第一三共生命科学研究振興財団海外留学奨学研究助成などの助成金もあるが、採択者数が非常に少ないので、助成金の獲得は厳しくなる。もし自分が考えている受入予定先に留学した日本人がいたら、その研究者のresearchmapを確認する、または直接連絡をとって、給与支給の有無を確認することを勧める。助成金の獲得を必須とする研究室もあれば、給与を支給してくれる場合もある。
留学先の選定基準
研究テーマ
自分の従事したい研究テーマについて説明し、その後、受入研究者との相談して決める。
PI (principal investigator, 主任研究者)と所属しているポスドク(Postdoctoral researcher, 博士研究員)の業績・助成金
毎年更新される専門分野の論文数やインパクトなどをチェックする。また研究室が獲得している研究費・助成金をチェックすることで、給与支援やある程度の研究に使用できる予算が把握できる。やはり、潤沢な研究費がある方が環境は良い。
研究機関の機器・設備環境
論文のfigureを見れば、ラボが有する技術は把握できるが、受入予定先に留学した日本人がいたら、その研究者に連絡して確認する。あるいは受入予定先に留学した日本人がいれば、その方に話を聞くことを勧める。
ラボの運営方針(給与支援、ラボメンバー同士の各プロジェクトへの関わり方)
給与支援に関しては、以下の助成金の獲得にも関わってくるため、早い段階で受入研究者に確認する必要がある。受入予定先の研究室に日本人がいる場合、情報収集は簡単であるが、日本人がいない場合、ラボメンバーに直接連絡しても良い。ラボメンバーと直接連絡が取れる場合は、各プロジェクトにおける関わり方も聞いておくと良い。複数のプロジェクトに関われる場合は、ハードワークになるが、得られる人脈や業績、技術などのメリットが非常に多い。
治安
留学予定先が都市部であれば、詐欺なども多いため、留学する際は治安についてもチェックしておくと良い。
海外研究留学の助成金
留学予定先の研究機関から給与支援がない場合は、日本の研究機関に所属している間に応募・獲得できる助成金がある。
日本/海外の研究機関に所属していれば応募できる助成金(既に留学中の方も応募可)
・アステラス病態代謝研究会海外留学補助金
・上原記念生命科学財団海外留学助成
・日本学術振興会海外特別研究員
・早石修記念海外留学助成
日本の研究機関に所属していれば応募できる助成金(※ 既に留学中の方は応募不可)
・国際医学研究振興財団海外留学助成
・細胞科学研究財団育成助成
・武田科学振興財団海外研究留学助成
・第一三共生命科学研究振興財団海外留学奨学研究助成
・中外創薬科学財団海外留学助成金
・東洋紡バイオテクノロジー長期研究助成
・内藤記念科学振興財団海外研究留学助成金
・福田記念医療技術振興財団国際交流助成研究留学
・持田記念医学薬学振興財団留学補助金
・安田記念医学財団海外研究助成
・山田科学振興財団海外研究援助
留学先へのアプライメール、受入承諾書
留学先選定後は、CV(curriculum vitae, 英文履歴書)とカバーレターを添えて、受入研究者に直接メールする。受入研究者を知っている上司や知人がいれば、紹介してもらうと、受け入れてもらえる確率が高くなることがある。ただし、受入予定先の研究費獲得の状況や所属している研究員・大学院生の人数によって受け入れの有無が変わるので、アプライを決めたら、すぐに準備することを勧める。
Resume: 学歴、経歴、スキルなどをまとめたもの
CV(curriculum vitae): 学歴、経歴、スキル、論文・出版物、受賞歴、助成金などをまとめたもの
※ヨーロッパでは、履歴書といえば、CVという認識がされている。アメリカでは、CVとResumeの2つを使うことがあるが、これらは異なる文書として認識されている。つまり、研究留学を考えている方はCVを準備すれば良い。
退職に伴う手続き
留学予定先から受入承諾書を取得し、給与支援(助成金獲得)が決まったら、直ちに上司または教授に報告し、退職日および引継ぎ作業について相談する。年次有給休暇が残っている場合は、引継ぎ作業の進捗をみながら、調整することも可能である。基本的には、すべての有給休暇を消化した方が、留学の準備も進むだろう。ただし、職場によっては、有給休暇をすべて取得するのは、あまり良くないように思われるかもしれないので、上司やラボに所属していた先輩などに相談し、調整することも必要になるかもしれない。退職に関わる手続きは、秘書または所属する事務へ確認すると、退職に関わる書類や手続きを教えてくれる。
留学先でのオリエンテーション(講習会)の日時
ヨーロッパへ留学する方は、留学予定先のスケジュールについて、質問しておくと良い。おそらく、受入研究者と面談した際、「何か質問はないか?」と聞かれるので、その時の質問リストとして挙げておくと良い。特に、ヨーロッパでは動物実験計画書の審査は外部機関が行うことがあり、審査に半年ほど要する。もちろん動物実験を始めるには、動物関連の講習を受講する必要があるが、年2回(例:3月、9月)しか開催されていないところもあり、この講習を受講できないと、渡航後しばらくは動物実験ができないことになる。
そのため、オリエンテーションを含む、スケジュール等を事前に把握しておくと、留学先での研究もスムーズに進むであろう。一方、アメリカへ留学する方は、受入研究者の動物実験計画書に名前を追記してもらい、そのプロジェクトメンバーになることで、渡航後1, 2ヶ月で実験をスタートしている場合もある。
ビザ申請
アメリカに留学するポスドクは、渡航前に、J-1ビザ(米国J-1ビザ、交流訪問者ビザ)を取得する必要がある。ただし、ドイツでは、渡航後にビザを取得するのが一般的である。このように、ビザを取得する時期が異なるので、留学先が決まり次第、ビザについても詳しく調べる必要がある。またビザ取得までの期間も、国や給与支給方法によって、異なるので注意が必要である。
ビザ取得期間の目安
・アメリカJ-1ビザ:約3ヶ月
・ドイツ渡航ビザ:約1ヶ月
ビザ取得に共通して必要になり得る書類
・受入先の所属機関が発行する招聘状または承諾書(研究期間や給与額、ポジション、受入研究者のサインなどが確認できる契約書)
・医療保険の加入証明書(各国の言語に合わせて翻訳された証明書)
・住民登録場所の証明書(アパートや長期滞在可能なホテルなどが発行する契約書)
・日本の戸籍の翻訳(各国の言語に合わせて翻訳された証明書)
・英語能力の証明書(受入研究者が問題ないと判断すれば、スキップできる場合がある)
・身元の基本情報(パスポートなど)
渡航後の生活必需品
留学予定先に所属していた方がいたら、話を聞くのが一番手っ取り早く、留学先により適切な情報を得られるであろう。以下は、一般的に必要なものを挙げている。